| 目的と目標 波佐見児童合唱団指導者 井手敏彦 案外混同して使われている言葉に「目的と目標」がある。この両者には明らかな違いがあって、目的は「成し遂げようと目指す事柄・的」。目標は「目的を達成するために設けためあて。目印。」(広辞苑)となっている。つまり、オリエンテーリングにたとえたら、ゴールが目的で、ゴールに導いてくれる数々の目印(ポイント)が目標である。 合唱団設立の趣旨、つまり目的はいうまでもない「青少年の健全な育成」である。それ以上答えようがない。しかし、そんな漠然とした大上段に構えたようなゴール(目的)は、余りにも大き過ぎて、余りにも先が遠く遥か過ぎて、前に進みようがない。力の出しようすらない。だから身近な目標が必要なのである。目標=目印(合唱団でいえば一つ一つの演奏会・イベントといったところか)を一つ一つ通っていくことで、そしてそれをプラス材料としてクリアしていくことで、目的に近づいていけるのでは・・と信じるだけである。信じるだけというのは、この「青少年の健全な育成」という目的に限っては、はっきり「ここがゴール」ということは誰にもわからない性質のものだからである。 「青少年の健全な育成」とは具体的には、体を鍛え、心を鍛え、社会人として有用な人物に育て上げることとなるだろうか。だから、ちょっときつくなったら、上手下手は関係ないから、プロじゃないのだから、目的は健全な育成だから・・と逃げていては、心や体が鍛えられる訳がないと思うのだがどうか。健全な育成のためにはもっと能動的な働きかけが必要だと思うのである。 スポーツを例にとってみれば明らかである。 楽しく面白く運動するだけで、体を鍛えられるだろうか。心が鍛えられるだろうか。取れないと思えるボールに敢えて飛びつくのは、歯を食いしばってマラソンするのは自分自身を鍛え、うまくなりたい。強くなりたい。そして、試合に勝ちたい!という人間本来の誰でも持っている上昇志向があるからではないだろうか。「勝ち負けなんか気にせず」なんてさも物分かりのよいようなことをいう指導者がいるが、私はそんなに心は広くない。逆にそれは心や体を鍛えようと思わない、責任逃れの指導者の言う言葉だと思っている。もちろん勝つことが絶対目標ではない。勝とうと努力する事が大切なのだ。努力する前に「勝ち負けなんか関係ないから」なんて言われたら努力しようという気も起こらないではないか。「勝ち負けは・・」の言葉は、試合が終わった時に、負けて悔し涙を流している子ども達にかけてやる言葉である。ここまで頑張ったんだから勝ち負けなんかどうでもいいさ。今のこの悔しさをバネに、また明日っから頑張ろう!と励ます時に言う言葉である。(また、負けることも成長のためには大切なことである。負けることで世の中はそう自分の思い通りばかりにはならないこと、上には上がいること、努力することの必要性などが少しずつ身についていくからである。負けても何とも思わないでヘラヘラしているような人間は、それまで大した努力もしていないだろうし、物事に対してそんな接し方のままなら、これからの伸びにもまず期待できまい。)但し、余暇にやるレクレーション的スポーツは別である。あれは目的が違う。心や体を鍛えるためでなく、単にその時を楽しむためのものだ。みんなとキャーキャーやることで心をリフレッシュし、次に控えている別の目的達成のために新たに頑張ろうという思いにする栄養ドリンク剤的な代物である。そんな気分転換、いわゆる息抜きも、また、とても大切なものである。 しかし、私は"子どもたちの息抜き"のために合唱団の指導をしているのではない。ましてや、親にとっての託児所・学童保育的性質のために合唱団に関わっているのではない。音楽という芸術分野で子ども達と知恵を出し合い、お互い自分を磨き上げ、より良い音楽作りのために頑張っているのだ。はっきり言う。うまくなりたい。いい音楽を作りたい。いろんな選択肢が用意された中で"合唱団"を選んでくれた子ども達に、早いうちに本物と出会わせてやりたい。レベルの高い音楽に触れさせたい。それが私の使命であると思っている。つまり上達せず、ただ歌っていればいいというのは、健全育成という目的に反すると思っている。初めは楽しいだろうからという考えで入団して来るだろうが、なんとか本物と出会わせ、できれば全員の子が本物を目指そうと努力するようになるよう、そう仕向けたいし、そんな育て方をしたい。それだけの権限は指導者として毎週来ている私達に委ねて頂きたい。もし、上達する事を好まない、そこまでしなくても・・という意識が育成会にあられるのなら、迷わず私の首を切って頂きたい。先回りして、伸びようとする気持ちを押さえつけようとする団体には私の方から願い下げである。(また、スポーツの例えで悪いが、郡大会くらいはいいけど、県大会、ましてや全国大会まで成長しなくていいと言っているのと同じである。おかしな話ではないか!) 私自身、波佐見児童合唱団がどこまで育つのか、できればこどもたちと一緒にいけるところまで行ってみたいという思いが今の原動力になっているのである。この目標設定は目的と大幅にずれているとは思えないが如何か。 |
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